faketunaと呼ばれていた者の成れの果てです。
このブログを13日よりも前にたまたま目にした方は、後日談を先に知ることになりますね。 まあ良いでしょう。
前提として
あの、リアルでは死なないです。 あくまでも “faketuna” が死ぬだけであって、その中の人は生き続けます。 勝手に殺さないでねw
要約
リアルとネットの比率が明らかにおかしく、このままだとマジで社会復帰出来なくなるので、どうにかする必要がありました。
そして、それらは自分が人に依存/執着していた故に起きたことで(もちろんこれ以外にも要因はありますが、一番大きいのはこれです。)、自身が他者と関われる唯一の機会だと、自分自身に言い聞かせ、他の優先すべきことから目を背け続けていたんですね。
だって、誰だって一人ぼっちにはなりたくないでしょう?
けど気づけば、自分は帰れる所、温かい所があればすぐそこに逃げてしまう。 あまりにも他人の優しさに脆弱な人間になってました。
だから、思ったんです。 このままだと本当に良くないって。
ですから、その一歩を。止めていた歩みを進めるために。 今あるものを壊して、自分を止めていた物を、自分から手放す必要があったんですね。
なんか、めっちゃ大事にしちゃったのはすみません。 でも、このぐらいしないと自分はす~ぐ逃げてしまうので。 外堀から埋めて逃げられないようにする必要がありました。
あと、覚えていてほしいじゃないですか自分を。でも、忘れてください。また、いつか別の私と会った時に、私が皆さんに会いに来た時に、思い出してください
呪いとは?
どう呼べばよいのかわからないので便宜上、「呪い」と「救い」で表現しています。
私は人に執着する人間でした。 その執着というのは、一種の呪いでもあり、救いでもあります。
執着は、自分の心を満たす方法でもあり、同時に破壊する方法でもありました。
黙って居なく馴ればよかったのでは?
まぁ正直、黙って居なくなれば良いとは思います。 無駄に人に心配かけずに居なくなれって言うのは、全くを持ってその通りだとは思います。
ですが、いろんな憶測を立てられるのも嫌ですし、最初で最後のあるかないかの出来事なんですし、いっそのこと大きな爪痕残して去っていくのも面白いかな… と思ったのでこの形を取りました。
事の顛末
自分は2016(正確には2015/09頃)にこの電子の海に潜り始めました。
まあ最初こそ本当にクソガキと言うにふさわしく、周りに噛みついたり迷惑をかけていました。 まあこれは、また別の話なので別の機会に話せると良いですね。
2018年
2018年とある人と出会いました。 ですが、こうなるのであれば、出会うべきではなかったのかもしれません。
2019年 - 2022年
自分はその人と一緒に居るのが楽しかった、幸せだったんです。
2023年5月頃
ある日その人と、その共通の友達からVRChatに誘われたんです。 海外の方と交流したりVRでしか出来ない体験をできてとても楽しかったのを今も鮮明に覚えています。
2024年2月
時が経って、お砂糖という文化を知った。「これがあれば、その人ともっとそばに… もっと近くに居られるのかな」って… 考えちゃったんです。 思っちゃったんです。
実のところ、私には父親が居ませんでした。 きっと私は年上の男の人、それもその人の様な人に甘えたかったのでしょう。
そして、その人に申し込んだ。 答えはOKだった。 自分はその人と一緒に居たかった。 けれど、居るべきではなかった。
2024年4月後半
自分はネットの海に潜り始めてからずっとずっと、持ち続けていた自身の違和感の答えを知ってしまった。
それは、他者への執着。
今回であればその人への執着。
これは、自分だけでは解決できない問題だと確信しました。
リアル含めてすべてを差し置いても、その人と一緒に居たい。 そう考えてしまう。
そして、自分だけで解決不可であるが、他人を頼るのが苦手な自分は、ネットを始めた2015/09にちなんで2024/09にパッタリと、鋭くざっくりと、今までと決別するべきかもしれないと考えました。
まだこの時点では、本当に0 ~ 100で表すなら5程の薄い考えでした。
2024年5月
自分の違和感の答えを見つけたのと、作曲2周年記念だったので答えの一つを曲にしました。
過去の曲と現在の曲が入り交じるところ、ありましたよね。 あれは、自分が未だに過去と現在を悔いて、執着して居た様を揶揄していたんです。 曲というのは良いものです。 作者の感情がそのまま乗るんですから。
2024年6月
VRChatでとある子と出会ったんです。 自分が歩んできた道と似たような道を歩く子と。
本来であれば、こういった似た者同士は近づくべきでは無いと思ってます。 ネガティブ * ネガティブ = ポジティブとはならないので。 相手に悪影響しか及ぼさないと思います。
2024年7月
ですが、客観的な立場から何かしら、ほんの一握りでも解決策を考えられないかな… とその子と関わることにしました。
2024年8月
けど、やっぱりその子も自分と同じ道を歩んでほしくない。 このままだと良くないなと思い、9月決行予定だった、消えるということを実行に移すことにしました。
なんて身勝手でしょう。 また、問題から逃げるんでしょうね。 ですが、そんな私も私です。 そんな私もこれで最後にしたいのです。
2024年9月
さて、ビデオレター、最後の曲、この記事が残され、それ以外残らなくなる月ですね。
9月にしたのは、自分がインターネットと言うこの海に、Key_Glassとして潜り始めたのが9年前の今だったからで特に深い意味はありません。
始まりと終わりが同時期って美しくないですか? まるで自分がその存在として生きられる期間が定められていたかのように。
本当はもっと良い方法があったのかもしれません。 ですが、自分は他人を頼るということが元々苦手で… ずっとずっと一人で考えて、考えて、考えて、考えた結果が今回の事なので、自分ができる中では最善策を取ったつもりです。
2024年9月~
必ず自分は戻ってくると思います。 インターネットと言う夢は、自分にとって理想郷で、とても居心地が良いので。
ですが、戻ってくる時は流石にfaketunaとして戻って来れるほど自分の神経は図太くないので…
なので、きっと別の存在、別のfaketunaとして、この電子の海にまた潜ることでしょう。
最後の曲について
WIP(制作途中の動画とか)をTwitterに投稿してましたが、まさかこれのためとは思いもしなかったでしょう。
自分が今のfaketunaと決別するには、自分にとって最高の曲を、最高の足跡を残していきたかったんです。
実際、すごいでしょう? 自分はよくやりました。誰がなんと言おうと。
やっと、自分は他者からの評価に依存するという呪いから開放され、自分自身で自身を評価出来るようになりそうです。
最後に
その人へ。
一緒に居てくれてありがとう。 自分にとって足りない物を埋めてくれてありがとう。
そして、知れてよかった。 遅かれ早かれ気づくことにはなっていたから。 ありがとう、また0からやり直せる、今この時に。
自分と関わってくれた方々。良くしてくれた方々。 本当に本当に感謝しています。
皆さんからの好意に何も報いることが出来ぬまま居なくなるのは、正直心苦しいです。
けれど、今がそのチャンスなんです。自分が変えられる。自分の決心も固まった。今その時が。
とりあえず、今は自分が目を背けてた約10年。 その負債を返すときです。 もしかしたら、1日。 もしかしたら、1ヶ月。 もしかしたら、1年。 もしかしたら、一生。 いつ戻ってくるかは分かりません。
ですが、約束します。 また、私は皆さんの前に戻ってきます。別の存在として、別のfaketunaとして。
さて、時間が来ました。 本当にありがとう。 またね!
電子の海における一種の輪廻転生、その有限たる短くも長い時間の中で、もしもまた私と出会えたのなら、その時はよろしくお願いします。